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クレタ文化

クレタ文化について

紀元前3000年頃に、地中海の東、エーゲ海の南に位置するクレタ島のクノックスを中心に、青銅器文化として知られる高度な文明(ミノア文明)として知られています。この東地中海一体の海上権を握る巨大な権力を持つ王が支配していたと思われています。

このクレタ文化には2つの時期に分けることができ、前期は紀元前1800年頃までとされ、後期は紀元前1400頃までとなります。前期では都市国家が対立していた為に城壁が築かれ、中庭式宮殿が造られていましたが、後期に入ると、クノックスの王ミノスがクレタを統一したことで、城壁の必要性がなくなり造られなくなりました。

クレタ文化の建築

主体は石造で重層の部分もあり、中庭を中心とする複雑な平面をもち伝説にいう迷宮(Labylince)の言葉が当てはまる。大倉庫や劇場、上下水装置などもみられる。また、円柱は上部ほど太くなり一般の柱とは逆のデザインとなっており、これはエーゲ海文化の特色です。

クレタ文化の宮殿

一般に彩色・絵画で飾られ、石造の壁面に漆喰を塗り着色するフレスコ手法により、その文様はエジプトに似ているが、曲線の運用などは遥かに流暢で優雅にできている。

    代表的宮殿
  • クノックス宮殿、ハギア、トリアダ
クノックス宮殿
写真はクノックス宮殿です。

クノックス宮殿の構造は、高台の上に2階建てで部分的には3階、4階のところもあり、数百の部屋をもつ複雑な建築プランの宮殿となっています。大きな中庭の周囲に玉座の間、王妃の間、礼拝堂、興亡、貯蔵庫などが雑然と配置されていました。

クレタ文化の造形

クレタ文明の中で造形も多数優れたものがあり、その中に陶器と壁画があります。陶器は前期には出土地の名をつけたカマレス式が優れており、ろくろの使用が巧みで、非常に薄手の卵殻陶器が作れていました。

模様は抽象的な流腺文様でクレタ人の曲線的表現の嗜好が伺えます。後期にはたこ、いか、海藻などの海洋生物をモチーフして表現と変わっていき、宮殿式と言われる著しい様式化された装飾文様で構成された陶器も作られました。

壁画については、クレタ後期美術が主役で宮殿や邸宅の室内から廊下の壁、天井を漆喰の下地にしその上に花鳥や海洋動物、宮廷の婦人達などが描かれています。このことは、技法を学んだエジプトのものとは異なり、生き生きとして華やかさが表現されています。