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インテリアのカーテンの中で、機械を使って制作されるシェードというスタイルカーテンがあります(カーテンシェードと呼ばせて頂きます)。このカーテンシェードとは、機械(メカ)を使って生地を上下に移動させて開閉ができる商品のことを言います。
またカーテンシェードにもいろいろな種類があり、代表的なのがプレーンシェードになります。その他のカーテンシェードは、このプレーンシェードを基準としてその他のデザインを施したものと考えて頂ければ分かりやすいと思います。

操作方法としましては、左右どちらかに紐がありますので、それを引張ますとカーテンシェードの生地がパタパタを降り、上に上げたい時は、また紐を引張ることにより昇降がが可能です。
その操作方法にもコード式とドラム式があり、金額的には高くなってしましますがドラム式のほうが操作がしやすく故障が少ないと思います。
とくに幅が大きいタイプになりますと、ドラム式が間違いなく良いです。その理由としましたは、重量が重くなったときコード式ですとかなりの力が必要になるからです。
スタイルにこだわって作られていますので、開閉に手間がかかってしますことなどがあります。その為に多くの場合が出窓や腰窓で使えわれれいます。
スタイルカーテンとは、カーテンのようにプリーツの加工をしウェーブを綺麗に見せるだけではなく、デザイン性をさらに追求したカーテンのことを言います。このデザイン性をつくるために機械を使用したりして、シンプルにみせたり、ゴージャスにみせることが可能となります。
スタイルカーテンはデザインを主としていますので、開閉が出来なかったり、操作がやりにくいといったデメリットがあります。しかし、その反面使うところによってはとても綺麗で優雅な雰囲気を出してくれます。
特に出窓でスタイルのスカラップなどを使用すると、内側からだけでなく、外側からもオシャレな雰囲気を出すことが可能となります。
インテリアの中で家具とは必要不可欠の存在となってきました。しかも現在も新造材ができれば、まずは家具を作って試されています。これからも沢山デザインされた家具がインテリアの中に入ってくることでしょう。
家具を表す言葉として、英語にファニチャー(Furniture)、ラテン語で(Mobilia)と言う言葉があります。前者は生活する為に必要な道具や設備会社おw意味し、後者は室内で動かす事ができる道具という意味合いをもって生まれた言葉です。
これらの事からも分かるように家具とは家の中で使用する道具で動かす事ができ、人体を支え物の収納や空間を仕切る役割を持った物だと言える。言い換えれば、家の中で行なわれるさまざまな生活行為を支える為に、空間にしつらえる道具の総称と言えます。
人々の生活が始まって以来、住まいと家具とは密接な関係で発達してきた。しかし、家具には機能や安楽性を追求する生活の道具としての面ばかりでなく、古代の王の玉座に象徴されるような権威の象徴としての面も見逃す事はできません。
歴史的な様式を表す家具として皆さんの目に触れる多くの優れたものには、この2つの要素が入り交じっている事に気付きます。
家具とは住まい方に対応して存在するものである。西洋の住まい方と日本の住まい方では、歴史的に見ても分かるように大きく異なっています。それが暮らしの習慣や家具などにも現れています。
伝統的は和風の住まいでは、畳に直接座る床座方式をとり、必要に応じて座布団や布団を出し入れして部屋を使用していました。したがって、かぐや設備類は小型で移動させるのが比較的簡単なものが多かったようです(座布団、座卓、ちゃぶ台、タンス、布団など)。
また、部屋を機能によって固定させず各部屋を分けて(居間、食堂、寝室、応接室、書斎など)それぞれの部屋の目的にあった家具を置く西洋の住宅形式とはあ異なっている事が分かります。
和風の床座に対して、洋風の起居形式を椅子座と言います。板敷きやじゅうたんの部屋に、椅子、安楽椅子(ソファ)、テーブル、ベッド、クローゼットなどの家具を置く椅子座の生活は床座に比べ能率的で合理的でした。
明治時代以降、日本の住文化は急激に洋風化による洋家具の導入や住様式の変化によって大きく混乱しました。そのような状況の中で模索を繰り返しながらも、現在では和風の見直しや和洋折衷と言う形が洋風と和風をくっつけたものではなく、現在の日本の住生活にマッチした新しさを持った1つのスタイルとして扱われるようになってきました。
エジプト文明は、新石器時代であった紀元前4000年頃の時代にあたり、前3200年頃には最初の統一国家を創立し、第1王朝から第25王朝までつづくことになります。
エジプト文明は、「ナイルのたまもの」の言葉に示されているように、ナイル川がエジプト文明に与えた影響は大きかったようです。エジプト文明の建築の性質は3000年間を通じて著しい変化を示さず、ローマ、ギリシャの属領になっても(前332~後395)根本的影響を受けなかったとされております。
古王国時代の最盛期に作られたのがギザの大ピラミッド群になり、最大規模を誇るクフ王のピラミッドの高さは146mにも上ります(マンションで言うと48階建てほどになります)。このピラミッドは台形のマスタバを原形として発展したとされています。
中王国時代に入ると中央集権が崩れ各地方都市が政治・文化の中心となっていきます。このころからピラミッドは影を潜めるようになり、代わりに岩堀墓が登場してきます。

特に第19王朝(前1320~1200年頃)の諸王によってテーベ付近に大規模な神殿を建設する。
縦長で奥深く、厚い壁で囲まれており、奥に行くほど天井が低く床が高くなっている。本殿の正面には傾斜したパイロンの厚い壁を配し、その内に中庭がある。列柱をめぐらしハイポスタイルホール(多柱広間)があり、その奥に天井の低い墓所があって神像を祀るようになっています。
紀元前1600年頃に建てられる。
紀元前1200年頃に建てられる。
家具の出発点は生活の道具としてではなく権威の象徴として始まります。
紀元前1360年頃に建てられる。
全体的にマッシブ(塊)な構成に重点を置いたためディテール(詳細)においては、比較的単調であるものの、柱の形式には種々のものが用いられた。また、アバカスには植物の形に似せた蓮花(ロータス)、パーム、紙草(パピルス)型などがあります。
上流段階の住宅は、主に日干し煉瓦(レンガ)によって建てられ、テル・エル・アマルナの邸宅にみられるように大規模なのもでありました。その反面、庶民の生活はヤシの木の骨組に土を塗って羽化に座る生活をしております。
メソポタミア文明はチグリス・ユーフラテス両河の下流の流域に紀元前3000年頃に開け、次第に上流にさかのぼっていくことになります。バビロニア、アッシリア、新バビロニア、ヒッタイト、アカイメス朝ペルシアなどの支配者や民族の交替が著しく、都市や国家の興亡が相次いで起こったとされています。メソポタミアとは河の間の意味になり、農業生産が盛んでした。
メソポタミア地方には人々が定住し、農耕と牧畜が行われ始めたのが前5000年前とされており、そのころより造形活動が活発で現在注目されている彩文土器があります。
初期には日干し煉瓦を組み上げて作る原始的なものが中心であったが、農耕生活の進歩とともに規模も増大し、次第に焼成煉瓦なども使うようになる。
アーチやアーチを連続されて天井を作るヴォールト手法がつかわれていました。バビロニアの王宮は広い中庭をもち、その周囲に多数の部屋が設けられるようになり、王宮の東北部の隅には有名な空中庭園がありました。内城の正門であるイシュタル門はアーチ構造で造られており、その左右は塔を建て、外壁は彩釉浮彫レンガで飾られた華麗な門でした。
西洋文化はギリシア文化とキリスト教文化を基礎として発展してきました。ギリシア文化はポリスを形成して民主政治をと自由の精神を持ち、西洋文化の合理的な性格の基礎を築く事になります。
造形美術の面でも、均整と調和の精神のうちに理想的な美を追求しており、古典美の曲型を残しています。ギリシア文化において初めての造形が神・王の権威から離れて人間の肉体の美しさや精神内容を表現目的に変わっていきました。
ギリシア建築には外観を規定する方があり、各部の形や大きさの比例などに基準があり、表現の種類は限定されてましたが、表現の深さが増してきました。
円柱に表現された構造体系をオーダーといい、エンタブラチュア、柱身、基壇の3つの部分からなりたっています。石造を用いた架構式構造で、神殿の外観に列柱を採用する事が多く、柱の径をモデュラスとして各部の寸法を細かく定められていく方法。現在のモデューラーコーディネーションの語源ともなっています。

上流社会では、生活に必要な椅子、スツール、テーブル、カウチなどを備えるようになり、特に椅子はデザインが豊富で、使用する場所や身分によって大別される。
王座のスロノス・女性用のクリスモス・四本脚スツールのディフロス・飲食や休息用の寝椅子のクリーネなどがある。
ギリシア神殿のプランは前後に長い長方形で、メガロンの形式から発達したものと考えられています。神殿の最古の遺例はオリンピアのへライオンで、紀元前7世紀のドリス式に属しています。
アルカイック時代は陶器の全盛時代で黒絵式と呼ばれており、銅像の部分を黒く塗りつぶした後に、刻線で輪郭や細部を 取り、絵を浮き立たせる方式が盛んでした。
紀元前6世紀頃からは、赤絵式に変わっていきます。赤絵式は赤褐色の地の上に図柄を筆で腺を描くことで、黒絵式に比べて自由な表現が可能となってきます。これらの絵は当時の風俗や生活を後世に伝えてくれる貴重な資料ともされています。
クラシック時代はペルシャ戦争に勝った、デロス同盟の盟主となったアテネを中心にアテネの復興、アクロポリスの神殿造営などにギリシアの造形芸術の黄金時代を築くことになります。
クラシック時代の代表的な建築は、アクロポリスの神殿が挙げられます。このアクロポリス神殿はアルカイック時代の技術を完全に成熟させた建築となります。アクロポリスの中央に位置するパルテノン神殿はドリス式神殿であるにもかかわらず、後室はイオニア式の柱が4本立てられており、ドリス式の静かさで重々しい表現と、イオニア式の柔らかで美しい洗練された表現が巧みな結合が見られます。
マケドニアの王アレクサンダーは、大国ペルシアを滅ぼし、さらにエジプト、インド西部までを含む大国家を築き、各地にギリシア風都市を建設していった。そして、ギリシア人の東方移住により、ギリシアの文化は広く東へ普及していき東の文化と融合され新しい文化が生まれました。この時代をヘレニズム時代といわれています。
ヘレニズム時代では、クラシック時代の比例、調和、節度を重視した高雅な理想美から、写実的肉体的感覚表現が特徴となっていきます。有名なのはミロのビーナスやサモトラケのニケなどがあります。
建築の特徴としては、コリント式オーダーが発明され、普及していきましたが作例は少なく、形式も完成しないままにローマ人に伝えられることになりますが、この形式は今後ローマ人が完成させます。
ヘレニズムの文化の影響は仏教と結びついており、遠くインド、中国、日本まで及んでいきます。
イタリア人南下以前より、エトルリア人が半島中北部に定住していた。エトルリア人の民族系統はまだ解明されてはいませんが、小アジア西端から海路を渡ってきたと言われています。紀元前7世紀ごろから独自の文化を形成し始め、前5世紀にはその活動は全盛となっていきます。
エトルリア文化の特徴的なものは、ローマ北方のタルキニアやチェルベテリに残された貴族達の地下墓室にある壁画、テラコッタ、青銅像、陶棺などになります。特に青銅像は鋳造技術が優れており、ローマ建国伝説の象徴である「カピトリーノの雌狼」が有名です。
ローマ人は紀元前6世紀末にエトルリアの王を追放して共和制を敷き、紀元前3世紀にはイタリア半島をほぼ征服しました。その後、カルタゴ・マケドニアを破り、紀元前2世紀半ばに地中海全域を支配下に収めた。
エトルリア人が支配していた時代の後、紀元前6世紀以降共和制時代となり、紀元前27年に帝制の時代に入る。ローマ人の築いた文化は、ギリシャ人の理想主義とは異なり、きわめて現実的であり、生活は享楽的な性格を強めていった。
アーチ・ヴォルト・ドームによる巨大な建築空間を作り出した。煉瓦壁の間にローマンセメントを使ったコンクリートを流し込むことによって構成されているが、石とコンクリートを兼用することもあった。ローマのコンクリートは火山灰、石灰、砂、砂利を混ぜたもので、どこでも手に入る材料を使用しています。
デザイン的には、ギリシャのオーダー応用して用いて、主体構造には組石造を用いながらも、正面にギリシャの架構法によるオーダーを取付けることまで行なわれました。

内径・天井高とも43mで、頂上の直径9mの円形窓がある。
長軸188m、短軸156mの楕円形で高さ48m、5万人の観客を収納
400m四方の中に図書館、劇場、競技場とその中心に大浴場を設けている
ローマ建築の特徴として、公共建築が著しく発展したことで、フォールムはギリシアのアゴラと同じく市民が会合する広場で市場も建ち並び、なかでも最も整った配置を示したのは、トラヤヌス帝のフォームで、バシリカ、記念柱と図書館、神殿が整然とならんでいます。
近世都市の原形をつくるに至り、3~4階建ての集合住宅もみられる。大規模な建築物の可能性と内部空間の効果をもって次世代に大きな影響を与えています。
アトリウム(玄関近くにある明かりとりの天窓をあけたホールのこと)を中心にした平面で、床は大理石のモザイク、壁面や飾り柱はフレスコ画が施されている。後にベリステリウムと呼ばれる列柱廊をもつ中庭が加えられ、豪壮になります。
ギリシャの意匠を受け継いだものが作られる。ただ装飾的要素が強くなっていき、材料は木材の他ブロンズや大理石が用いられる。
(寝椅子に横たわって会食する習慣がありました)
インテリアのカーテンで言われているオーダーカーテンとは、カーテン専用に作られた生地にあった縫製方法を使ってカーテン生地の特性を生かして縫製していくことを言います。また、インテリアのカーテン生地を縫製するには、簡単に2つの工程に分けることができます。
生地の必要M数を調べるでは、窓のサイズとヒダのとり方によって変わってきます。ヒダとはレールに吊るための金具(アジャスターフック)が付いているところが、手前に出てきているつまみが「ヒダ」になります。
3つ山、2つ山、箱ヒダ、フラット、キャザーなどがあります。
種類の分け方は、窓の幅サイズの何倍の生地を使うかで決まってきます。窓の幅が1mとして、生地を2倍の2mを使って、1mの幅のカーテンを作ったときは3つ山になります。
因みにこのようなカーテンを2倍ヒダと呼ぶこともあります。1.5倍の生地で作ると1.5倍ヒダのカーテンということです。
ヒダにはプリーツを綺麗に見せる為に、心地を入れて縫製されます。この心地がないと、頭の部分に強度がなく吊ることも不便になってしまいます。
カーテンのウェーブのこと
綿orポリエステルで出来た包帯のようなもので50mm・75mm・90mmがある。
カーテンを吊る金物でカーテンフックと言い、素材は金物とプラスティックの2種類あります。この頃ではプラスティックのアジャスターフックが使われることが多くなってきました。
このアジャスターフックは、高さの調整ができるのがとても便利で、冬寒いのでもう少し床まで下げたいなどの変更も出来てしまいます!(通常のオーダーカーテンは床から1cm上がって吊られます)

アジャスターフックは心地の厚みと同じサイズがあり、長くなるほど金額が高くなります。その為90mmのフックは丈夫でいいのですがコストが上がってしまいます。
アジャスターフック以外でのカーテンを吊る方法としては、はと目、タブ、リボン、クリップの方法があります。
インテリアのカーテンに使われる生地(ファブリック)の作り方によって呼び名が変わってきます。詳しくいいますと、繊維の組成や織り方、加工の違いになります。
ドビー織り機でおられた一般的なものを『ドビー物』とされ、糸を先に染色して織るものから織り上げてから染色することで、チェック・ストライプ柄を作り出します。
ジャガード織り機でおられてもの。織りが厚いくリバーシブルできるので、外観からのイメージの美しく見えます。
光を綺麗に見せるために、ほとんど透明に近い細い糸を使って織るタイプから、編みのレース、ケースメントなどがあります。織り方は、平織りで織られており、仕上がり幅は2mと3mのものがあります。
まずは、生地を作ってからその生地にプリントして作るタイプ。
プリントの方法は、転写方式とスクリーンプリント方式があります。装飾的は色や柄が豊富な転写方式が生地の種類が多いです。
ファブリックの中でも高級感が一番あるのがベルベットになります。薄いカーペットが生地になっていると思って頂ければ解りやすいと思います。
表面にあるパイルの長さで、光の反射が変わり色の変化が楽しめます。サテンについては、光沢のある生地で、なかなか日本でカーテン生地として見る事はなかったのですが、この頃は少しづつですが、メーカーからも出てきました。