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ギリシャ文明

ギリシャ文明について

西洋文化はギリシア文化とキリスト教文化を基礎として発展してきました。ギリシア文化はポリスを形成して民主政治をと自由の精神を持ち、西洋文化の合理的な性格の基礎を築く事になります。

造形美術の面でも、均整と調和の精神のうちに理想的な美を追求しており、古典美の曲型を残しています。ギリシア文化において初めての造形が神・王の権威から離れて人間の肉体の美しさや精神内容を表現目的に変わっていきました。

ギリシャ文明の神殿建築

ギリシア建築には外観を規定する方があり、各部の形や大きさの比例などに基準があり、表現の種類は限定されてましたが、表現の深さが増してきました。

円柱に表現された構造体系をオーダーといい、エンタブラチュア、柱身、基壇の3つの部分からなりたっています。石造を用いた架構式構造で、神殿の外観に列柱を採用する事が多く、柱の径をモデュラスとして各部の寸法を細かく定められていく方法。現在のモデューラーコーディネーションの語源ともなっています。

 
  •    代表神殿   パルテノン神殿
  • パルテノン神殿

    オーダーの種類

    オーダーには一般的にドリス式、イオニア式、コリント式の3種類に分類されています。
    ドリス式
    柱が太く短い。あらい溝彫りをもち、男性的で単純・素朴・力強い
    イオニア式
    柱身や溝彫りも細かく、柱頭に渦巻き方を用いる。優美・女性的
    コリント式
    柱頭にアカンサスの華の飾りをもつ。装飾豊で華麗

    ギリシア文明の家具

    上流社会では、生活に必要な椅子、スツール、テーブル、カウチなどを備えるようになり、特に椅子はデザインが豊富で、使用する場所や身分によって大別される。
    王座のスロノス・女性用のクリスモス・四本脚スツールのディフロス・飲食や休息用の寝椅子のクリーネなどがある。

    アルカイック時代

    ギリシア神殿のプランは前後に長い長方形で、メガロンの形式から発達したものと考えられています。神殿の最古の遺例はオリンピアのへライオンで、紀元前7世紀のドリス式に属しています。

    アルカイック時代は陶器の全盛時代で黒絵式と呼ばれており、銅像の部分を黒く塗りつぶした後に、刻線で輪郭や細部を 取り、絵を浮き立たせる方式が盛んでした。

    紀元前6世紀頃からは、赤絵式に変わっていきます。赤絵式は赤褐色の地の上に図柄を筆で腺を描くことで、黒絵式に比べて自由な表現が可能となってきます。これらの絵は当時の風俗や生活を後世に伝えてくれる貴重な資料ともされています。

    クラシック時代

    クラシック時代はペルシャ戦争に勝った、デロス同盟の盟主となったアテネを中心にアテネの復興、アクロポリスの神殿造営などにギリシアの造形芸術の黄金時代を築くことになります。

    クラシック時代の代表的な建築は、アクロポリスの神殿が挙げられます。このアクロポリス神殿はアルカイック時代の技術を完全に成熟させた建築となります。アクロポリスの中央に位置するパルテノン神殿はドリス式神殿であるにもかかわらず、後室はイオニア式の柱が4本立てられており、ドリス式の静かさで重々しい表現と、イオニア式の柔らかで美しい洗練された表現が巧みな結合が見られます。

    ヘレニズム時代

    マケドニアの王アレクサンダーは、大国ペルシアを滅ぼし、さらにエジプト、インド西部までを含む大国家を築き、各地にギリシア風都市を建設していった。そして、ギリシア人の東方移住により、ギリシアの文化は広く東へ普及していき東の文化と融合され新しい文化が生まれました。この時代をヘレニズム時代といわれています。

    ヘレニズム時代では、クラシック時代の比例、調和、節度を重視した高雅な理想美から、写実的肉体的感覚表現が特徴となっていきます。有名なのはミロのビーナスやサモトラケのニケなどがあります。

    建築の特徴としては、コリント式オーダーが発明され、普及していきましたが作例は少なく、形式も完成しないままにローマ人に伝えられることになりますが、この形式は今後ローマ人が完成させます。

    ヘレニズムの文化の影響は仏教と結びついており、遠くインド、中国、日本まで及んでいきます。